2011.09.11

横浜トリエンナーレ雑感

ということで、世間的には二つの「11日」を悼む日でもあるのでしょうが、先週訪れた横浜トリエンナーレの雑感。恐らく個々の展示に関しては、一般の方なり、美術批評の方なりが議論されているでしょうから、少し異なった文脈で話をしようかなと。因みに、この話は新港ピアの毛原さんのところでも収録して頂きました。

というのは、今回横浜トリエンナーレの会場を歩いていて、二回ほど嫌な思いをしたのである。一回は写真の撮影をとがめられたこと。まあ、僕の場合は少し稀なケースなので無理もないとは思うのだけれども。僕は、研究柄展示会場内でデジタルカメラやスマートフォンの利用をしている方に関心があって、作品の撮影をしている方を「研究上の資料として」撮影することがある。今回も、撮影している方を撮るか撮らないか迷っていたら作品を撮影しようとしていたと勘違いされて注意を受けた。で、そこで少し嫌な思いをしたのである。というのは、横浜美術館の場合会場の入口、各展示室の入口に、撮影に関しては大きなロゴで、「フラッシュ禁止」、「撮影可」と表示されている。そして、撮影が不可だったのはダミアン・ハーストの作品だったのだが、その展示室も展示室の入口には同様のロゴが掲示されていたのに対して、この作品は展示不可のマークはハーストの作品の真横にだけ掲示されていたのである。僕もミュージアムの研究者である以上、著作権等の基本的なルールやミュージアムでのマナーには習熟している方だと思うのだが、今回も写真撮影に関しては入口で比較的きちんとチェックしたつもりだったのである。だからこそ、少なくともあの撮影不可の掲示は、ハーストの作品の展示室の入口、一般撮影ルールの横に掲示して欲しかったなと思う。であれば、僕も撮影と勘違いされるような行為はしなかったし、作品の撮影をしようとしている人に関心があったのであって、作品そのものには興味がなかったので尚更イラッとしたのである(苦笑)。

もう一点嫌な思いをしたのは杉本博司の展示室。あの箇所だけ、やたらと順路を指示される。基本的にトリエンナーレってまず順路自由だろうというのが一点と、もう一点は指示が不徹底な感じだったこと。多分あの展示に関しては、場所がかなり意図的に狭く設計されているので、中に入る人がすれ違わないようにという意図で、順路の指示が出ているのだと思う。ただ、僕がいったのは平日の昼前であのスペースには僕以外誰も入っておらず、順路が先だろうが、後だろうが基本的に問題なかったのではないか?もう一点考えられるのは、杉本さんは完全主義者だから作家の指示というのはあるのだけれども、だとすれば多少ナンセンスな部分はあったと思う。というのは、順路が杉本氏の作品の展示室においては明らかに遠回りの順路で設計されているからである。展示室に入ってすぐ左が、杉本作品の出口で、その奥に入口がある。まあ、1930年代のメルトン達の研究にも明らかな通り、大抵ある一定の志向性で来館者は動線を形成するので、わざわざ利便性の悪い順番に(つまり奥に)入口を設置してどうするとは思った。なので、僕は多少ひねくれているので、わざわざ指示通りに奥の入口から入った後出口付近まで直行し、逆ルートで鑑賞しまた入口から出たのであった。あと、順路の指示が全員にではなかったのも不満の残るところではあった。

とはいえ、僕みたいな変わった来館者のクレームにいちいち付き合っているほどトリエンナーレの関係者も暇ではないだろうし、まあ全体としてはひどく見づらいという訳ではないので。ただ、bankart会場では初めてタブレット型PCで作品撮影している方をみて、おおこんな時代になったかと感動もひとしお(笑)。

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