2012.04.14

文化資源学という曖昧な場

自身のウェブサイトを公開してから、実はこれが100回目のポスト。正味600日ぐらい経過しているので、なんだかんだ週に1回ぐらいのペースで情報発信を続けてきたということになるらしい。日記ではないにしても、我ながら意外と頑張った的な。ということで今日は文化資源学の話。決して東京大学文化資源学への今後の入学希望者には役に立ちません。保証します。

まあ、何でこんなことを書こうと思ったのかというと、僕は確か文化資源学の4期生にあたるのだが、最後まで生き残っていた同期4人のうち一名が、仕事の関係で海外赴任するのでちょっと変わった時期だけれども送別会をしたのである。実は今残っているメンバーは、文化資源学でもいいのだが、メディア史とか歴史社会学の領域で4人まとめて移動してもさほどおかしくないメンバーだったこともあり、博士に上がったぐらいからはいい距離感でお付き合いができていて、とても感謝している。

まあそこで、ちょっと思い出話的な部分もあったのと、わが文化資源学が誇るスター木下直之先生の新刊のすごさにビビッたわけである。まず木下先生の新刊に関しては、書名がすごい。何せ『股間若衆』である。しかも、完全にダジャレになっていて、第二節に至っては「新股間若衆」である。多分読むと思うのではあるが、研究費で買って事務所に持って行くのは少し憚られる。この書籍、どうやら木下先生のサバティカル一年間をかけた入魂の一冊らしい。

僕個人に関しては、研究領域が微妙なところもあり、大学院に戻るときには情報学環と文化資源学と両者から入学許可を頂いていたのだけれども、最終的には今の指導教員でもある佐藤健二さんの存在が大きくて文化資源を選択した。世間的には現在だと小林先生を中心とした文化政策やアートマネージメントが学べる学科という位置づけで理解されているのかなと思っているのだが、僕は異なる感覚で文化資源学の理解をして入院した。恐らく、人文学の資料空間の再検討が文化資源学に課されていたテーマだったのだと思う。この観点は、必ずしも今の修士の学生の皆さんに共有されているのかは、僕は分からないし、それをドグマにして強く意見を言う気も無い。

ただ、学科の設立から10年を経過して、根本的な問題意識の共有から、新たな方法の共有が生じていかない限りは、文化資源学って何なのですかという問いにいつまで経っても個々の学生がさらされていくんだろうなと思う。なので、枠組みとして既存の学問に違和感がない方はいらしてもそれなりに苦労されるのではないかと思う。例えば、美術史の論文を書きたいのだけれども、既存の美術史では扱いづらいテーマなので文化資源をという方は、美術史の中で努力を続けた方が良いのではないかと。僕自身、学部から修士の間でははっきりとは気づけなかったのだけれども、対象への愛でしか共有できない場に行くとは意外とつらい。愛を示す対象はバラバラでも、そのアプローチの基盤が共有されている方が、議論はしやすいから。方法が共有されない人に、最終的には恐らく理解しもらえないのだろうけれども、それでも理解へと至る努力を根気よく続けられる方には向いている学びの場ではあるんだろうけれど。相当、僕はそれで鍛えらたと思うし。もちろん、すご~く前向きな意味で曖昧な場だったなあと。

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