2012.04.26

印刷会社に告ぐ

ということで、先週、今週と二大印刷会社のイベントに足を運んだ。一方は歴史(美術)資料のデジタル化に関するイベント、他方は、美術館へのデジタル技術の導入に関するものといっておけばいいだろうか。

まず最初に拝見したのは、先週金曜日の凸版印刷さんの北斎漫画のデジタル・アーカイブ。結局金曜日は夕方に非常勤の仕事があるため、最初の40分ぐらいしかいられなかったのが残念。しかも最初の講演者の方は、きわめてオーソドックスに美術史の話をされていたので、それだったら展覧会の関連プログラム参加しますねん的な感じではあった。最初にデモ映像が流されていたけれども、マンガというよりはアニメーションの原初形態的なものでしたというのは伝わってきたけれども、それ以上でもそれ以下でもないと思う。この形式でのアーカイブであれば、後は量の問題と、検索を含めたインターフェイスに独自性を持たせないとというのが僕の印象。

続いて昨日拝見したのが、Louvre-DNP Museum LAB。今年度の非常勤先の施設見学をどうしようかと思っていたので、見学に耐えうるかどうかと思い、苦手な展覧会のレセプションへ。研究者やギャラリストで皆さんご存じの方もちらほら。映像は正直イマイチ。大日さんの高精細のデータとスクリーンで見られたという事実以外のことはない。むしろ取り上げるべきは、≪青い服の子供≫に関連するインタラクティブ展示なんだけれども、「インタラクティブ展示」という文脈では良く出来ている。けれども、それだったら技術や、企業のブランド・イメージとしてルーブルに特化して作るより、完全に科学博物館を含めてミュージアム全体にインタラクティブ展示物を下ろしている企業として認知された方がいいのではないかとは思う。特に、インタラクティブ展示の場合、主流のインターフェイスはタッチパネルなので、もうそれだったらソフト作ってタブレットに載せられるようにした方がいいのではと。何度も言っているのだけれども、組織体が大きければ大きいほど(≒財政規模が大きければ大きいほど)、ハードとセットでデジタル技術をミュージアムに入れるのは非効率的だと思う。一つのコンテンツをどれだけのプラットフォームに載せられるかというソフトの汎用性を高めて欲しい。

結局両者に言えることは、既存の文化財なり、既存のミュージアムの展示物のデジタル版(複写版)の枠組みを越えていないとういこと。デジタル技術そのものが認識論的に知のあり方をどう変えるかという、ある種の暴力的な技術による社会の改変みたいな枠組みには到達していないのである。ここで僕が言いたいのは技術決定論やれということではなくて、新たな技術が持つ固有の形式を同定する前に、既存の認識枠組みに技術が従属させられているのではということ。

これは必ずしも研究者の衒学的な論点というわけでもなくて、今のままだと両社の取り組みは既存のミュージアムの市場を肩代わりした時点で終了である(つまり、既存の文化財のデジタル化、もしくはインタラクティブ展示への入れ替えが終了した時点)。この作業それ自体は企業活動の一部として重要だと思うけれども、凸版印刷や大日本印刷が上述のようなイベントで紹介している技術が、アーカイブやミュージアムに新たに何を付与出来るのかを考えることは、すなわちまだ開拓されていない市場の創出につながるはずではと思う。だからこそ、このような技術開発は、日常的に利益を生まないコストセンターとしての本社的な部署でなされているのではないのだろうか。そのような認識と技術が転換する場に研究者として立ち会えれば、幸せなことだなと思う。一ファンとしても、印刷会社の今後の取り組みを見守っていきたい。

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