2014.08.20

お盆明けは横浜詣で

さて、今年も横浜トリエンナーレに行って参りました。初回が僕が大学院に戻った頃ぐらいだと記憶しているので、かれこれ自身の研究生活と同じような長さ、良くも悪くも続いているんですね。とりあえず、今回は午後からだったのでメインの2会場を回ってみました。

横浜美術館

前回から横浜美術館に縮小になって何だかなあと思ったわけですが、今回回ってみて思ったのは、むしろこれぐらいの方が疲れないかもということ。後、横浜美術館て意外にインスタレーション向きなのではという。というのもエントランスホールから両側に伸びる段差のあるオープンスペースって絵画の展覧会の時は全くデッドスペースになってしまうわけで、彫刻やインスタレーションだとあのややパズルっぽい空間が上手く使えるようになると。全体の印象としては、比較的シリアスな展示だなあということと、記憶、歴史が強く出過ぎている気が僕はしていて、「見た目」それだけでグッと来る感じの作品は今回は一番少なかったかなあと思う。

とはいえ、タリン・サイモンの作品は、コンテンポラリーで写真ベースの作品としては、洗練された知性を感じさせる作品だった。タイポロジー的な作品における「欠如」や「欠損」を上手く利用していたと思う。これは、とにかく物量作戦でタイポロジカルな作品を新港ピアに展示していた笠原さんとは異なっている部分だと思う。あと、単純にあっけらかんと面白くて、この会場のベストだったのは写真も掲載した、Temporary Foundastionの作品。「シャレ」の部分も含め純粋に楽しいなあと。今回の横浜の作品は、これからアートに興味を持つかもしれない来場者に対しては比較的敷居の高い作品が多い印象があって、そのなかではこれと、マルセル・ブロータースの猫のインタビューが一番とっつきやすかったかなと。あの猫オレですけどね(笑)。

新港ピア

こちらは、僕は消化不良。土田さんの写真はインクジェット出力だったので、作品としては見られない。別にインクジェットでもいいんだけれども、あの全くだだっ広いしろい四角い部屋に展示するのであれば、敢えてマウントしてしまうとかして、「これ作品です!」アピールしておいても良い気がする。被爆の語りを対象とした作品なので、どちらかというと新聞の戦時期の特集を読まされている感じ。その次の二部屋のヴィデオ・インスタレーションもしんどいと。長いヴィデオは比較的新港ピアに集められていたんだけれども、メッセージやナラティブが強すぎて映像それ自体が楽しめないのですよ。メルヴィン・モティの作品は、コンセプトは分かる。ただ、あれはきついぞと。特にこれは横浜も通じて思ったことですが、かなり館内の温度を低めに設定しているので、とにかく長くて、動きの無い作品を見ていると、肌寒さしか記憶に残らない。その中で、圧倒的にユーモアがあったのが、バス・ヤン・アデルの作品。感じとしては、youtubeの「○○してみた」シリーズのノリなのよ。ただ、美術史的な文脈におけるあの時期に、なおかつモノクロでこの作品が撮影されているっていうのがとてもこちらとしてはいいなあと思い。つい長々見てしまった。

というところでしょうか。僕は、今回は物足りなかったです。コンテクストが強い作品が多いので、ビエンナーレ・トリエンナーレのもつレジャー性は満たせない作品群だったというのが個人的な印象。ベストの客層は、これから現代美術にその背景も含め関心を持って見ていきたい人。つまり、専門過程に上がった大学生や、これから趣味としてアートを見たい社会人ってところでしょうか。

ちなみに18時に新港ピアを出る感じだと、丁度みなとみらい地区で夕暮れの美しい時間帯を散歩できるので、一緒にいらした方と、石川町や中華街まで散歩を楽しんで食事をするなんていうのが、夏休みのエクスカージョンにはいいのかなあという気がします。僕は、中華街で食事をして帰ってきました。

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