2020.06.30

アートで儲けたくない国を生きる

ここのところ少し自律神経のコントロールが上手くいってない感じで、一晩に3,4回平均で起きていたり、気の向かない仕事をいつも以上に後ろに回すクセがついたり、少しおかしいなと思っていたので、久しぶりに日曜日は完全にオフ日にした。

外国語の論文読む気にはならないが、電子的な画面と向き合いたくなかったので、新書程度の書籍を2冊読んだ。1冊は朝日新書の『テレビ最終戦争』、もう1冊はGakkenの『日本のアートマーケットが1兆円になる日』。端的に両者に共通するのは、今だから読める本なので2022年ぐらいには歴史化される本であることと、もう一点は産業的な視点から書かれているということ。

前者は本当に仕事に直結というか自分が仕事している領域なので、別にいくらでも書いてくれる人いるでしょうから良いとして、後者だよね。私がうだうだ話をするのは。アートの産業的な側面については、現場からのものだと吉井仁実さんの『現代アートバブル』や小山登美夫さんの『現代アートビジネス』あたりのギャラリストの新書が多かったのだけれども、今回はシンワアートオークションの経営者の倉田さんのものだったので手に取ったという感じ。内容的には、むしろこれも新書で出してくれという印象かな。

二つぐらい感じたことがあって、一つは初等中等教育におけるアートの位置づけの問題。今回の「美術館女子」の問題でも感じたのは、日本の社会全体において「アートとの付き合い方」自体に対する知識がないというか、おっかなびっくりな付き合い方をしているという印象。つまり、(それが唯一の理想だとは思わないが)ヨーロッパのように日常的に美術館やギャラリーに触れる環境で育ち、なおかつブロードシートに努めるような社会的履歴を持った人であれば、普通はこの案件は社内で許可がおりない。つまり、必ずしも絵画や彫刻をイコノロジカルにまた歴史的に絵解きできる必要もないが、少なくとも鑑賞教育が初等中等教育で機能していれば、ひどいものはひどいと分かるはず。

実は同様に、この鑑賞教育が弱い(「ない」でも良いのかもしれない)という点が、「アートを購入する」という人口の裾野が広がらなかったり、日本の富裕層にとって必ずしもアートが魅力的な資産に映らないという遠因なのではとも感じた。ヨーロッパの一定の学歴を持つ所得層って、きわめて自然に「この芸術作品は良い(好き)/悪い(嫌い)」という個人的な審美眼が備わっていて、だから購入したり、保存のために寄付したりという発想に一定の確率で向かっていくのだろうと思う。したがって、PC的な側面からも、産業的な側面からも日本のアートにとって鑑賞教育の問題は比較的致命的な問題なのだと思う。

一方で、取り組んでいる当事者の皆さんには心から敬意を持つけれども、結局鑑賞教育の下地がない国なので、新しいものとして(当事者にとってはある意味歴史的なものに既になっていると思うが)「対話型鑑賞法」が持てはやされると、それがあたかも主流で学ぶべき鑑賞法になりがち(受け取られがち)なのも気持ち悪くて、あくまでone of themであることを前提に、幾つかの取り組みがあるなかで「対話型鑑賞法」と若い人も接することができると良いよなとは思う。

もう一点感じたのは、基本的には僕はもう無理で、個人的にお手伝いできるケース以外では裏切られて自分が落ち込むだけなので「日本のアート業界をよくしよう」なんて善意はもう捨てたのだけれども、何か前向きなかたちで日本のアートにかかわれるとしたらファンドだなとは、この本を読みながら改めて感じた。一部自分の発言を読んでいるみたいで、外からはこう見えているのか的な恥ずかしさはあったのだけれども、都心に生活する人口、所得層、国の経済規模を考えると、かなり不自然に日本のアート市場が小さいのは確かなので、本当に投資の専門家と組みながらアートへの投資環境を整備するような法人づくり等であれば頑張れるかなと。実際問題として、この1,2年個人としても少し手持ちの資金の運用は考え始めていて、どうせ浪費するなら自分の好きなものや関心のあるものに投資しながら、結果的に増えるならそれはあり程度(最悪寄付のつもりでなくなって良いぐらいの感覚)で、それって僕だと新進作家の作品の売買は一つの有力な選択肢だなとは思う。

と同時に、ファンド、つまりアートの経済的側面から言うと、学芸員課程に入れようというのは何度か繰り返しているんだけれども、加えて普通に大学の美術史、アートマネジメント系の学科は、せめて選択必修ぐらいの科目のなかに、「産業としてのアート」とか「アートマーケット論」を入れ込むべきだよね。学芸員も日本国内に限定してしまうと、なりたい人口に対して、実際に就職できる間口は狭いわけだから、そういった専門知識を持つ人が、例えば財産相続に関わる信託銀行や証券会社のコンサルタントの15人に1名ぐらいはいても良いと思うんだ。多分、海外の富裕者層向けの例えばHSBCなんて、アートの専門性を持つ社員はざらにいるはずだし。これは、倉田さんも同じようなニュアンスの発言はしていたんだけど、日本はアートを美化しすぎなんじゃないだろうか。市場や利潤の生まれないアートほど不健全なアートはないと思うんだけどね。

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