2015.03.23

行く年、来る年

久々の投稿。春休みだったから時間はあったはずなのだけれども、すっかり筆無精をしてしまった。この2,3日、改めて大学で生活する僕にとっては、この時期が「行く年、来る年」になっていくのだなあと感じたので、久し振りに投稿を。

3月21日 KoSAC 「修論卒論フォーラム」

まあ、何となくだけれどもこのフォーラムやると、KoSACも一年頑張ったのだぞと思えるのは不思議。初年度は修論3本、今年度は卒業制作1本と修論1本の合評会を開催することができた。一本目の武蔵野美術大学の山中さんの発表は、卒業制作で作成したアートをテーマにしたボードゲームの作品だったのだけれども、正直良くできていると思う。昨年一度だけ10分ぐらい話を伺える機会があったのだが、そのときに比べても充分ゲームとして楽しめる内容だった。僕の本務校(トケコミ)では、卒業論文でも卒業制作でも、学生の関心に応じて卒業研究が選択できるのだけれども、今後僕が卒業制作を自分のゼミで認める可能性があるとしたら、どういったものが制作対象になるのかという点でも僕にはとても勉強になった。

元々の関心としては、美術館の教育普及活動的なものへの関心と反発があったのだと思うけれども、「大人向け」の「アウトリーチの展開」という意味で優れた作品だったと思う。一部の優れた(多くの場合海外に留学した)教育普及系の学芸員がいない美術館では、結構雑に「大人にはレクチャー」、「子供にはWS」的な分類が成立しかかっているなかで、「大人」でないと楽しめない(かもしれない)「WS(ボードゲーム)」という分野の可能性を提示したと同時に、そのボートゲーム市場での差異化にも拡がっていく感じは、卒業研究らしい豊かな潜在性を孕んでいると思う。また、ヴァージョンアップしたゲームを今度は一消費者として体験したいなと。

二人目の東京大学大学院の岡沢さんのご発表は、ご本人の修士論文に輪をかけて、若い気鋭の美学者お二人のコメントが素晴らしかった。昨年も一度評者をお願いさせて頂いたのだけれども、「地図のどこで、どの方向に向かってコメントしているのですよ」という点が非常に明晰で、いかにも概念ときちっと向き合う学問のなかで研鑽を積まれた研究者なのだなあと感嘆しきりであった。

論文の詳細な内容については、今後岡沢さんご自身が公刊の機会をもたれるだろうということで控えようと思うのだけれども、エスノメソドロジーベースで芸術の価値判断(と言った方が僕も正確かなあと思う)と修論で向き合うという選択をされたのはすごく前向きな意味で蛮勇をふるわれたなあと思う。僕も以前は「芸術/非芸術」の境界認定機能に強い関心があったのだけれども、境界認定そのものには踏み込めずその境界認定を与える社会的制度として美術館に興味を持ち始めたのが、ミュージアムにはまったきっかけだったようにも思う。

ただ境界問題については、僕はどちらかというと一段ずらしの関心があって、「芸術/非芸術」の境はやっぱり美学の研究者が議論してくれた方が良いと思っていて。というのも、基本的には「芸術/非芸術」の俎上にのった作品や運動は、実は「芸術」のフレームに既に乗っているのであって、「芸術/非芸術」ではなく「(芸術/非芸術で問える)/(芸術/非芸術)では問えない」対象の認定がどのようになされているのかを明らかにする方が、社会学からの美学に対する貢献ではないのかあとは修士の頃から漠然と考えているからだ。いずれにせよ、今後のご活躍を期待しております。

3月23日 東経大卒業式

いやー、やはり一年目と二年目だと大分印象が変わりました。今年初めて送り出した卒論生は、それなりに無愛想な学生もいたし、こちらもまだ遠慮があったので、さほどサポートしてやれなかったのかもしれないという思いはあるのだけれども、期待と不安を感じながら卒業を迎える姿が眩しかった。心から今日卒業した皆さんに幸多かれと願っています。ということで、大学としては今日が大晦日のようなもので、明日からは完全に新学期モードです。夏学期の授業の詳細を詰めつつありますし、大学、学外問わず打ち合わせの内容も新年度向け、そしてあと1週間もすれば、新しいゼミ生との1年が始まります。桜が残る四月にまた素晴らしい出会いが待ち受けていることを確信しながら、今晩の12時を迎えるのだろう。

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