少し今年の夏は文章も書けるようになってきたのだなあと。朝起きるとそれなりに精神的には健康な気がするのだが、最近は夜になると少しネガティブな気分になりやすい。僕なんかは全然楽な方なのは分かっているのだけれども、やっぱりこの娯楽のない生活には飽きた。我々はせいぜいコロナ禍の移動できない生活だが、政治的に軟禁下にある人はさらにつらいのだろうなあなどと思う。今日も結局読書日記のようなものなのだが、カルチュラル・スタディーズの書籍を読みながら考えたこと。 (さらに…)
本当に何もない夏を迎えている。例年であれば、夏学期の最後に採点を終えると、大体丸一日使って美術館をはしごしてどこかでビールを飲んで一人で打ち上げ。お盆の前後には短くても大抵は旅行をしている。こういった短い「休み」もとれず、日々自宅で仕事するなかで、日常全域に広がる「労働/余暇の区別の無効化」を学期中以上に感じる。医学的には何の診断も受けてはいないが、多分僕もすでに一部壊れていて、この意識の俎上にも上がってこない心身の小さな裂け目は、コロナ禍を克服したとしても僕自身のなかにある種の後遺症として留まり続けるのだと思う。僕でこれだから、学生、そしてエッセンシャルワーカー、さらには当然のように医療従事者の状況は想像を絶することだと思う。とはいえ、最後まで僕に残された余暇が結局読書だった。直接自身の研究に関係するかは分からないが、8月に入って読んだ単行本を幾つか。 (さらに…)