今回は普通にエッセイ。コロナ生活もそろそろ1年半をこえ、もうステイホームでできる楽しみなんもないし、本読みながらビールも限界だなあと感じ始めていた。そこで、何か変えようと、今年は元々好きなNFL観戦を本気で再開するために調べていたら分かったのが表題の件。
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僕は1993年ぐらいからNFLを断続的に見ていて(ワンシーズンきちっと追っている年もあるし、SBしか見なかった年もある。)、どういうわけかAtlantaのファンである。見始めたころのスターは、MIAのダン・マリーノやDETのバリー・サンダースだった。あの頃は日テレの深夜枠で放送していた気がする。中高生なりに大きな本屋にいって、もうタイトルは忘れたが、毎月アメフトの雑誌を買って毎月の結果をチェックする程度には好きだった。
大学生になって以降は、単純に家にいる時間が減ったのであまり見なくなったが、再度熱心に見るようになったのは、留学から戻っていい年して実家暮らしを始めたときだったと思う。というのも、実家が難視聴地域でテレビは完全にケーブル契約だったため、当時GAORA、日テレG+、NHKBSと突然、適当にテレビをつけるとNFLが見られる環境になったからだ。この時期で思い出すのは、あまり好きというわけではなかったが、DENに移籍してからのマニングだと思うし、あのあたりからずっとARIのフィッツジェラルドが現役なのは素朴にあり得んなと思う。
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でここまでは完全な思い出話なわけだが、改めて調べてみるとGAORAはNFL放送を結構前にやめていたらしく、G+とNHKが残されていたわけだが、今年は後者も放映を停止の運びとなった。このニュースを聞いて二つのことを思った。一つは、(アメリカの)スポーツの商業化の問題である。この件は、今回の東京オリンピックの開催時期が問題となった際にも、MLB、NBA、 NFLのアメリカ三大スポーツの狭間を選んだ結果、このくそ熱い時期の開催になるということは良く言われていたし、何より気になったのは放映権料の問題。NFL、特にSBの日はアメリカ人にとっては国民の祝日的なもので、オリンピックで言うと人気種目の決勝戦以上の意味があるわけだけれども、NHKには相当吹っ掛けているのかもしれないなあと。
僕は、今の商業化されたオリンピックを今後も維持していくことには何の意味があるのだろうと思っているけれども、それと同様の感覚を持った。三大スポーツのなかでもNFLは最もドメスティックな人気に支えられているにもかかわらず、産業としてのアメリカンフットボールを支えていくためには、莫大な財政的リソースが投入されざるを得ないのだろうなと。ヨーロッパの場合には、この商業化の行き着く果てはサッカーなのだろうけど、バルサでも破綻寸前なわけで、ここまで資本に踊らされるスポーツとは何なのかと思うし、関連するスポーツ選手の年俸の高騰もある閾値を越えた気がしている。もちろん、パフォーマンスの評価を一番分かりやすく示すのは年俸なのだろうけれども、1年20億円の価値がつく人間とは何なのかとはしみじみ思う。20億とか言われると、もはや僕は個人としての価値が高いという感覚ではなく、人間性を剥奪された商品になったのだなという複雑な気分になる。少なくとも私は、じぶんで自身の年俸を決められるとしても、1億円でも全くもって手に余る(むしろ職場の年俸を査定する権利の方が欲しいw)。
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もう一点思ったのは、日本におけるメディアイベント論の位置づけのようなこと。一般論として、個人がそれぞれコンテンツを選択できるメディアプラットフォーム環境が整備されたことで、従来マスメディアに依拠してきたメディアイベント論の見直しみたいなことは必要なのだろう(とはいえ、結局プラットフォームの優位性は数に基づいた寡占なので、プラットフォーム内の選択肢は無限のように見えても、案外個人対マスのモデルは残存しているような感覚はある)。ただ、意外と日本ってマスメディアに基づく共有のナラティブって根づかなかったのかなあとも思う。日本における最大のメディアイベント(の一つ)って、恐らく現在の上皇さまのご成婚だったと思うのだけれども、今後の皇室のご成婚を同じように注目できるかというとどうかなっていう気はする。これは、いまだにイギリス王室の話題が相当にニュースのアジェンダとしてプライオリティが高いイギリスを見ているとなおさら。ちなみに、オランダ、スペイン、タイあたりがどうなっているのかはほとんど僕は知らないので、是非日本語でも読める学術書があるとありがたい。
で、ようやくNFLに帰ってくるわけだけれども、レギュラーシーズンはまだしも、プレイオフ、SBが放映されないのって、スポーツを通じたある種の疑似共同体って、日本ではオリンピックやワールドカップのようなナショナリズムのフレーバーなしには成立しづらい部分があるのかなと。と同時に、アメリカやイギリスにおけるテレビ(的なもの)とそこに貼りついたコンテンツの強さみたいなものを改めて感じる。SBについては、メディアの視点からすると毎年同時に言及されるのは、SB放映時のスポットCMの額だし、その内容自体も、年間で一番洒落たものを提供しようとするわけだし。
なんてことを、この一週間ぐらい何度か考えていた。結果的には私はNFL GAME PASSでライセンスを購入してしまったため、今週はほぼ空き時間全てがNFL観戦に投入され、改めてアメリカンフットボールって面白いなと。と同時に、なんだかんだファン歴長いので、英語実況普通に行けるということが分かった。ただ、村田斉潔ロスではある。有馬アナ村田斉潔解説の実況からは本当にNFLの試合の多様な分析視角を学んだし、何より二人が心からアメリカンフットボールを愛していることがひしひしと伝わってきた(河口さんもそうなんだけど、ちょっと熱い)。