2011.02.19

たかが美術館、されど美術館

という非常に緩いお話である。昨日、美術館に行けていないフラストレーションに耐えられず、時間はあまりないのに3時間だけ時間を作って、オペラシティと写真美術館に行ってみた。

まあ、全く知らない人ではないのでこういうのも気は引けるんだが、前者に関しては特に何もなかった。ただ学生料金800円に対するコンテンツとしては微妙でした。ごく単純に、ギャラリーだったら満足できるかもしれないけれども、美術館でやる展覧会としては微妙だと思う。これは作品そのものの評価とは全く別な次元で。寧ろ、僕の場合は作品の好みを入れるともっと辛口にならざるを得ない。

その後1時間ぐらいしかないくせに、あえて映像の展覧会に足を運ぶという暴挙。ということで最初から最後まで完全に見られた作品はあまりなかったんだが。一人の美術愛好家としては好きな作品が結構あって、僕はボールを見上げる人たちをテーマにしたビデオがツボでした。これも良く思ってることなんですけど、太極拳の映像とか「死」に関するワークショップとかってあれ「アート」なんでしょうか?それは僕がそう思うかそう思わないかという問題ではなくて、前者はMITラボで上映すれば科学的実験映像だろうし、後者も「自殺問題を考える」的なシンポジウムで上映されたら何の違和感もなく資料映像として受け入れられるだろうなと。さらに僕個人としては、アートとして面白いか面白くないかってどうでもいいんだなと映像祭の会場でしみじみと感じてしまった。

多分、僕個人としては「面白い/面白くない」の基準以外ってあんまり興味ないんだなあと。面白ければ、学術論文でも映画でも美術作品でも温泉経験でもなんでもいいわけで、結局その面白さを自分に時間的に先行するカテゴリーが規定しているだけなんだなと。その意味では、僕にとっては「アートとして面白いこと」と「面白いと思った対象がアートとして存在していること」の間には大分距離がある気がする。日常的な感覚からすると、面白いことの質を表現する形容詞みたいなものが自分にとっては「アート」なのであって、よっぽど「面白い」ことの方が固有名詞に近いイメージなんだなとなんとなく感じている。

だとすると延々とアートについて考えてること自体も結構ばかばかしい話で、やはり美術館にあるものがアートなんだからそれでいいんじゃないかと。自ら失業の道を進むのである(苦笑)。

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